当事者から学ぶ:吃音と緘黙の現実

これまで、言語聴覚士として吃音の方への指導、保護者とも話をする機会がありました。

しかし、その中で言語聴覚士として本当にその方によって最善の指導ができているか迷う

場面が多かったのも事実です。吃音や場面緘黙の治療効果は様々な要因が関係するため、支援方法は複雑で、支援者側もきちんと理解できていないこともあります。

このたび、吃音・場面緘黙を経験し、克服した女性に詳しい話を聞くことができました。少し答えづらいのではないかと思うような質問にも丁寧に答えてくれました。


4回にわたり吃音と場面緘黙の定義や治療法などに関して紹介してきましたが、本ブログでは、吃音と場面緘黙の当事者の生の声を届けます。

吃音・緘黙に気づいたのは誰ですか?

 初めに気づいたのは幼稚園年長時の自分自身でした。元々、人の言葉を聞き取ることが

苦手で、言葉の正しい発音を理解するのに時間がかかりました。理解していく中で、自身

が何か言うときに他の子達にはない「っ」の音がはじめに入っていたり、「あ、あ、あ、

あの・・・」の様にはじめの発音が吃っていることに気づきました。自身の正しくない発

音を人前で話す事が段々と恥ずかしく思えてきて、小学生になった時に「多数の人に見ら

れている状態で発表する場」では一切発言出来ない場面緘黙症になりました。


吃音・緘黙に自分で気づいたのはいつですか?どのような気持ちになりましたか? 

 他の子供達より発音が異様に下手と気づいてからは、まるで自分がダメな人間の様に思

えました。特に、発表会やお遊戯会などのスピーチや演技でまったく話せずにいる自分は

「役立たずなゴミ」であると思いました。他の人の足をゴミである自分が引っ張ってはい

けないと思う反面、当たり前の様に話せる人達が本当に羨ましいです。今はもう仕方がな

いと割り切っています。


辛かった経験はありますか?どのようなことですか?

 小学3年生時の、授業の一環であったプレゼンテーションです。歴史の授業で、自分の

選択した時代について調べて発表できるよう準備をするものでした。これは、全員がする

ものではなく、先生が指した生徒がするものでした。あの時、担任の先生が私を指名した

ので、私はクラス生徒の前でする羽目になりました。2日間夜通しで練習して、全文暗記

した状態にも関わらず、私は教壇の前で全く話せませんでした。先生がフォローとして横

で「何時代について調べたの?」とか「何が有名だったの?」と話しやすい様に私に対し

て質問を投げかけていましたが、それでも声を出せませんでした。挙句の果てには、クラ

ス全員の前で泣いてしまいました。周りの人のひそひそ声や友好的ではない空気感に、直

ぐに逃げ出したくなる経験だと今でも鮮明に頭に残っています。


どのように克服しましたか?あるいはどのようなことを心掛けていますか?

 まず初めに、吃音や緘黙に対しての精神的な憂鬱感や苦痛は私が中学生の時に通院して

いたメンタルクリニックでのカウンセリングで大きく改善しました。話すことの難しさが

起因の自律神経失調症でのカウンセリングで、先生に言われた「人はそこまで貴女を見て

いないから吃音をそこまで気に留める必要がない。」の言葉が私の吃音への感じ取り方を

変えました。又、どうしても自分が「ゴミ」としてしか見れないことに対しても、先生の

「道端に落ちている小さなゴミに足を引っ張られていると思うことがある?」という言葉

が衝撃的でした。一見キツイようですが、実際に同級生に自身の吃音について聞いたとき

、「へえ、それ吃音って言うんだ。」と軽く言われました。そこから、自分が感じている

羞恥心と他者からの私の吃音の印象の剥離に気づけ、そこまで気にしなくてもいいと納得

できました。気が付いたら、自身の吃音はあまりでなくなっていました。


 もう一つは、吃音や緘黙に気を取られている状態ではいられなかった状況に自身を置い

たことです。高等学校卒業程度認定試験を経て語学学校に1年間在籍していた時に、授業

の一環にプレゼンテーションがありました。そのプレゼンのウェイトがとても高く、どん

なに他の課題や座学を頑張ってもそれなしでは進級が危ぶまれました。私はあの時どうし

ても英語を習得したくてそこに入ったので、絶対に進級しようという意志が自身のやるべ

きことの優先順位を変えて、人前で話すことの壁を打破することに繋がりました。カウン

セリングで、私の緘黙は主に私自身の吃音に対しての過度な羞恥からと言われていたので

、この2点が私の克服を促したと思います。


受けていた療育や支援はどのようなものですか?

 小学校の時は学校のスクールカウンセラーに、中学校以降はメンタルクリニックの先生

によるカウンセリングを受けていました。スクールカウンセラーでは、自身の吃音や緘黙

に対して、「話すことに怖がらなくていい。」と言われましたが、どうして吃音や緘黙が

あるのかという原因に対してのリサーチがあまりありませんでした。メンタルクリニック

では、前述のようなただ慰める為の言葉だけでなく、自身の精神面の後ろ向きさを指摘し

てくれる先生自身の誠実さを感じました。だからこそ、私は今は自身の吃音の主な原因が

「自分の発音に気にしすぎ」であったことに気づけました。


支援者に対して、改善してほしい点などはありますか?(例:もっとこういう支援や指

導をしてほしかった。もっと違う言い方をしてほしかった、など)

 小学生の時のスクールカウンセラーはただ話を聞いて励ますことが主であったので、

っと何が原因なのかなどの評価的なことをしてもらいたかったです。結局、過度な羞恥起

因と理解したのは中学以降通ったメンタルクリニックでした。


同じような境遇の方へのアドバイスはありますか?

 例え、吃音や緘黙を持っていて自身の学校や日常生活に負担を掛けていたとしても、そ

れらを過度に恥じたり迷惑をかける心配をする必要はないと思います。メンタルクリニッ

クの先生曰く、「私が居てもいなくても、貴女が居てもいなくても社会は問題なく続く

。」らしいです。全体的に、人一人が生み出せる迷惑の量はそこまで大きくはならないと

思いますので、もっと自身のことを大切に考えることが出来る方が良いです。そのほうが

、精神面から来る過度な緊張や焦りの軽減につながります。


周囲の人(家族・学校の先生・友達など)に気を付けてほしいこと、伝えたいことなど

はありますか?

 吃音や緘黙に悩んでいる人を見て、気になってしまう人に「気にしてない。」と言うの

はあまり効果的ではないと思うので、せめて「憐れみ、同情」をその人に見せないこと

と思います。その様な態度や言葉を見せてしまうと、その人はもしかしたら「自分は可愛

そうな存在なんだ。」と、より自分自身を恥じて下に見てしまうかもしれないからです。

少なくとも、私は「可愛そう」と親戚に言われた時にそう思いました。思ってしまうこと

は仕方がないと思います、なのでその感情をその人の前で出さないことが大事だと思いま

す。


当事者の方々の経験や意見は様々だと思いますが、一人ひとりの立場や状況をしっかりと理解することが支援者には求められます。単なることばだけの励ましだけではなく、適切な解決方法を提案し、一緒に解決していくことが大切です。本インタビューに協力してくださったこの女性に感謝の意を表します。


その他、当事者、ご家族や支援者の方々の体験談をお待ちしています。ご協力頂ける方は

info@lucrea.co.jpまで是非ご連絡ください。何卒よろしくお願い致します。


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Photos by Akiko Takata